【開業医の父、娘の中学受験に伴走する】合格より価値があったと思うこと。受験が残した「家族の結束」と「娘の世界の広がり」【part9】
「診療では患者さんの人生に向き合っている。では、我が子の人生に向き合う時、私は何ができるのか。」

2月の本番を終え、長く濃密だった中学受験の日々が幕を閉じました。実質1年という短くも過酷な期間を振り返り、結果が出た今だからこそ、私の中に強く実感していることがあります。それは、受験を通じて得たものが、「合格」という結果をはるかに凌駕するほど大きな財産だったということです。
想像を超えた「家族の結束力」と「達成感」
この1年間で私たちが得た最大の財産の一つは、家族が一丸となって同じ目標に向かえた「結束力の向上」と「達成感」です。

当初は手探りで始まった伴走でしたが、終わってみれば、想像していた以上に家族で協力し合うことができていました。私が「勉強」に伴走し、妻が「環境と情報」を整えるという前述の役割分担はもちろんのこと、誰かが疲れたり感情的になったりした時は、すかさず別の誰かがフォローに入るという精神的な支え合いがありました。
あの濃密な日々の中で築き上げたチームワークと、全員で一つのゴールを駆け抜けた達成感。それらがかけがえのないものだからこそ、受験を終えて季節が巡った今でも、私の心に強烈な印象として残っているのだと思います。
学力以上に価値のある「学習習慣と学び方の体得」
そしてもう一つ、何よりも価値があったのは「娘自身の成長」です。

もちろん、学力という面でも大きく伸びました。しかしそれ以上に、日々のポモドーロテクニックや「おしながき」を通じて、毎日の学習習慣を身につけたこと。そして、ただの丸暗記ではなく「理由」や「流れ」を考えながら問題に向き合うという「学び方そのもの」を経験できたことは、彼女にとって一生の武器になるはずです。
目の前の課題に対し、どうすれば解決できるのかを考え、乗り越えていくプロセスを体得できたことこそが、受験というハードルを乗り越えた最大の成果でした。
外の世界へ広がる興味と、言葉の成長
成長は、机に向かっている時間以外にもはっきりと表れていました。

生活面において、娘が日常で使う「言葉(語彙)」が明らかに多くなり、深みを増していったのです。また、日常の些細な物事に対しても、「なぜだろう?」「どうなっているんだろう?」と疑問や興味を持つ場面が格段に増えました。
受験勉強を通じて様々な知識に触れたことで、彼女の視座が一段高くなったのでしょう。外の社会や人に興味を持ち、自分自身の世界を大きく広げていく。この1年間は、彼女がただの中学生になるだけでなく、社会とつながり、世界を広げていくための大切な「きっかけ」になったと確信しています。
結果だけでは測れないもの

受験は残酷な面も持ち合わせており、時として結果がすべてだと語られることもあります。しかし、家族で築き上げた結束力と、娘自身の確かな内面的な成長という手触りは、合否という二文字では決して測れない、かけがえのない価値を私たちの手元に残してくれました。




