【1年の軌跡】四谷大塚、波乱の幕開け。未修の壁と眼鏡の娘の心に灯った小さな火【拾貳話】
私は普段、医師として働きながら、中学受験に挑む娘のサポーターを務めています。 ネット全盛の現代においては、パッと見てすぐに終わるような、タイパ重視の短い記事がもてはやされる傾向にあります。しかし、私はどうしても1つの記事に熱い想いを込めてしまい、文字数が多くなってしまいます。
このブログは、決して「こうすれば合格する」というスマートな必勝ノウハウを誇るものではありません。ただ、親子で泥臭く戦い抜いた「1つの症例報告(n=1)」としての記録です。ですが、だからこそ、今まさに目の前の偏差値に押しつぶされそうになりながらも、必死に戦っているどこかのご家庭の、小さな光やヒントになればこれほど嬉しいことはありません。
今回は、我が家が四谷大塚という新たな戦場に飛び込み、本当の意味での過酷な戦いが幕を開けた「6年上・第8回〜第9回」の波乱万丈な日々を、当時のリアルな葛藤とともに、少しドラマティックにお届けします。
第1章:嵐の中への飛び込み。2ヶ月遅れのディレイ・スタート
すべての始まりは、新6年生の春、4月のことでした。 中学受験における新6年生のカリキュラムが始動するのは「2月」です。 しかし、我が家が四谷大塚の門を叩いたのは、そこから大きく遅れた「4月」。カリキュラムで言えば「第8回」からの途中合流でした。
「たった2ヶ月の遅れ」
そう思われるかもしれません。しかし、毎週1単元を容赦ないスピードで消化していく中学受験において、8週間分の「未修範囲」を抱えてスタートするというのは、丸腰のまま巨大な暴風雨の中に放り出されるようなものです。周りのライバルたちがすでに塾の学習システムに慣れ、当たり前のように課題をこなしている中、私たちは圧倒的なビハインドを背負して立ち向かうことになりました。

入塾が決まってすぐ、東進のサイトから届いた段ボール。 そこから出てきたのは、分厚い『予習シリーズ』6年上の4教科、演習問題集、週テスト過去問集、そして『4科のまとめ』など、山のように積み上がった教材でした。 眼鏡をかけた娘が、その圧倒的な情報量と、容赦ないテキストの厚みを前にして、本を開いた瞬間に大きなため息を漏らし、あくびをして眠そうにしている姿を見たとき、私の胸には「何が何でもこの子を支え切る」という、サポーターとしての静かで熱い覚悟が宿りました。
これこそが、私たち親子にとっての『Tactical Strategy Grimoire(戦術戦略魔導書)』――ここから始まる逆転の戦術ノートとなったのです。
第2章:過密なルーティンと、水曜日に開講する「パパ塾」
四谷大塚という新たな環境で生き残るため、私たちはまず、学習の「型」を作ることから始めました。 四谷大塚は、授業の理解度を高めるために「予習」を極めて重視するシステムです。しかし、当時の娘の学力で、いきなり難解な予習シリーズを1人で読み解くなど不可能です。 そこで私たちは、個別指導と四谷大塚の授業、そして私の唯一の休診日である「水曜日」に丸1日付きっきりで勉強を見る「パパ塾」を組み合わせた、超過密な1週間のスケジュールを設計しました。
- 月曜日:個別指導(算数:苦手分野の徹底サポート)
- 火曜日:四谷大塚(算数・国語・社会の授業)
- 水曜日:★パパ塾(1日付きっきりで、パパと娘が机を並べる日)
- 木曜日:四谷大塚(算数・国語・理科の授業)
- 金曜日:個別指導(国語:家庭では難しいためプロに丸投げ)+ 社会の過去問
- 土曜日:週テスト(毎週のアウトプットの戦場)
- 日曜日:日曜特訓(日特)
この隙間のないスケジュールを乗り切るために導入したのが、時間を可視化して集中力を引き出す「ポモドーロテクニック」です。 「45分全力で集中し、15分しっかりと休む」 これを1セットとし、水曜日のパパ塾や金曜日の夜に「今日は2セット目標で行こう!」と声をかけ、限られた時間の中で最大の集中力を引き出していきました。
算数で最初に立ちはだかった大きな壁は、第8回の単元「場合の数」でした。 過去の模試でも空欄で出すほど、娘にとっては壊滅的な苦手分野。そこで私は、基礎を完全に叩き直すため、算数指導の神サイトである『原田式プリント』から、4年生向けの基礎プリントを大量に印刷しました。 そのプリントを机に積み上げ、解いては丸つけし、次のプリントを渡す。のちに我が家で「ワンコそば状態」と呼ばれる、泥臭い基礎練習を繰り返しました。
そして、あの水曜日のパパ塾。 授業の発展問題として扱われていた、難解な「フィボナッチ数列(階段ののぼり方の問題)」に娘が挑んでいました。当然、眼鏡をかけた娘のペンはピタリと止まります。
私はここで、安易に公式を教えることはしませんでした。 「3段目まで行く方法を、不器用でいいから、力技で全部ノートに書き出してみて」 娘はノートにひとつひとつ、数字を書き出していきました。そして「3通り」という答えを導き出します。 「じゃあ、1段目ののぼり方(1通り)と、2段目ののぼり方(2通り)を足したら、3段目の答え(3通り)になっているの、気づいた?」 「あ!」 眼鏡の奥の瞳が、パッと輝きました。 「一個前と、二個前のステップの合計が、次のステップののぼり方になるんだ!」 公式を暗記するのではなく、自分の力で「論理の糸口」を見つけ出した瞬間でした。この小さな気づきが、娘の中にあった算数への苦手意識を少しずつ溶かしていきました。

第3章:暗記の限界を突破する、多教科マルチタスク
算数に全力を注ぐ一方で、理科や社会の膨大なインプット量にも悲鳴を上げていました。 理科の「燃焼と熱」、社会の「社会保障と財政(公民)」。 大人でも一瞬戸惑うような専門用語のオンパレードです。普通に予習シリーズを読ませるだけでは、また眠気の魔法にかかってしまう。
そこで私は、書店に走り、漫画教材を買い漁りました。 角川の『のびーるシリーズ』や『マンガでわかる中学社会 公民』など、まずは「漫画として楽しめるもの」をリビングに転がしておいたのです。活字のテキストに入る前に、漫画でなんとなくのイメージを脳内に作っておく。これが驚くほど効果を発揮しました。

さらに、現代の最強ツールであるYouTubeを味方につけました。 理科は「中学受験 restart」のたかし先生、国語はにしむら先生。 特にたかし先生のまとめ動画は、まるで受験のナビゲーターのように、その後も本番直前まで何度も何度も繰り返し視聴することになる神コンテンツでした。 さらに、移動中の送り迎えの車内では、音声教材『まるっとチェック』を一問一答形式で流し続け、耳からも知識を叩き込みました。 時間が圧倒的に足りない我が家にとって、使えるものはすべて使う、これが唯一の生き残り戦略だったのです。
第4章:初めての週テスト。そして、眼鏡の少女のニヤニヤ
泥臭くもがいた最初の1週間が過ぎ、ついに初めての戦場である「週テスト(第8回・aコース)」を迎えました。 緊張の中、発表された結果は以下の通りです。
- 算数:偏差値 49.6
- 国語:偏差値 49.1
- 理科:偏差値 59.9
- 社会:偏差値 49.2
- 4科目合計:偏差値 49.8
暗記が間に合わなかった社会や、語彙と漢字で大きく落とした国語は平均を少し下回りましたが、なんと理科が「偏差値59.9」という素晴らしい結果を叩き出したのです。
そして、テスト後の週明け、通っている校舎で小さな奇跡が起こりました。 四谷大塚の校舎の廊下には、コースごとに各科目の成績優秀者の名前が貼り出されるシステムがあります。 なんと、理科の成績で、娘の名前が校舎のaクラスの中で「3位」として、廊下に誇らしげに貼り出されたのです。
今まで、塾で名前が載るような経験が一度もなかった娘は、その貼り紙の前で、眼鏡の奥の目を細めて、ものすごく嬉しそうにニヤニヤと笑っていました。 「頑張れば、結果が出る。自分の名前が、あの廊下に載るんだ」 この瞬間、彼女の心の中で眠っていた小さなやる気の火種に、パッと風が送られました。娘の目の色が変わったのです。 「次も、名前を載せたい」 この小さな成功体験こそが、これから始まる長い受験生活における、最大の推進力になることを私は確信しました。褒めること、そして頑張りが客観的に評価される環境の重要性を、親である私も深く学んだ瞬間でした。

第5章:無慈悲なる組分けテスト。絶望の「偏差値39.7」
しかし、中学受験という魔物は、そう簡単にハッピーエンドを迎えさせてはくれません。 翌週に待ち受けていたのは、第6回〜第8回の内容を範囲とする「総合回」の組分けテストでした。
途中入塾である我が家にとって、第6回の「速さ」や第7回の「平面図形(相似)」は、完全に「未修(初見)」の範囲です。 周りの子が「見直し」として取り組むテストに、私たちは「たった1週間で、初めて習う単元を2回分詰め込んで、さらに前回の復習もして挑む」という、無謀極まる条件で挑まなければなりませんでした。しかも、この組分けテストはSクラスからAクラスまでの全員が同じ共通問題を解く、ごまかしの効かない残酷なテストです。
日曜日のテストを終え、画面に表示された結果を見たとき、部屋が一瞬、静まり返りました。
- 算数:偏差値 32.6
- 国語:偏差値 51.0
- 理科:偏差値 49.7
- 社会:偏差値 36.7
- 4科目合計:偏差値 39.7
4科目合計、偏差値39.7。 特に、これから最大の武器にすると決めていた算数は、基礎的な一行問題でも失点を重ね、偏差値32.6という壊滅的な数字を叩き出していました。 普通であれば、「やはり6年生の4月から参入するなんて無謀だったのか」「この子に中学受験は向いていないのではないか」と、暗闇の中で心がポキリと折れてしまうような、あまりにも非情な洗礼でした。

第6章:偏差値のまやかしを暴き、戦略をアップデートせよ
ですが、私は医師として日頃からデータや症例に向き合う身です。この「39.7」という数字を見ても、不思議なほど冷徹で、悲観的な感情は湧いてきませんでした。
なぜなら、この偏差値は娘のポテンシャルの限界を示しているものでは決してなく、単に「まだ習っていないから、できなかった」という当たり前の事実を可視化しただけの「現状の弱点診断書」に過ぎなかったからです。
偏差値とは、ある特定の母集団における、現時点での一時的な立ち位置を測る「まやかしの数字」です。 本番の入試傾向とは全く異なる模試での点数に一喜一憂し、我が子の可能性を否定することほど愚かなことはありません。大切なのは、良くても慢心せず、悪くても諦めずに「どちらにしても歩みを止めないこと」。ただそれだけです。
私はすぐに、次なる「戦略のアップデート」を行いました。
まず、今後のクラス分けについては、迷わず「一番下のAクラスが最適解である」と判断しました。 実力に見合わないクラスに身を置き、難解な宿題に押しつぶされて学習効率を落とすくらいなら、一番下のクラスで基礎を徹底的に固め直す方が、はるかに合格への近道だからです。
算数については、もう一度予習シリーズの「基本問題」に絞り、解けないときはプライドを捨てて『原田式プリント』の基礎のキまで戻ることを徹底しました。 社会や理科は、暗記を「書かせる」のではなく、日頃の隙間時間で「口頭で答えさせる周回」に切り替え、効率よく回転数を上げる作戦に切り替えました。

足りないピースを、パパと娘で、一つずつ丁寧にはめ直していく。 どん底から這い上がるための、私たちの「本当の戦い」がここから始まりました。
エピローグ:歩みを止めないすべての受験戦士たちへ
四谷大塚という過酷なギルドに飛び込んで、まだわずか2週間。 右も左もわからず、手探りで、ただただ泥をすすりながら食らいついていたこの時期の記録を振り返ると、よくぞ親子で諦めずに一歩を踏み出したなと、感慨深いものがあります。
最初から完璧な受験エリートが、涼しい顔をしてトップを走り抜け、そのまま合格を勝ち取る姿は、スマートで美しいかもしれません。 しかし、最初は何もできなかった眼鏡の少女が、理科の小さな貼り紙をきっかけにその胸に小さな火を灯し、失敗にまみれ、絶望的な偏差値に打ちのめされながらも、最後には自分の足で目的地に到達する。 私は、そんな泥臭くも温かい「軌跡」の方が、人間らしくて、何倍も美しくて大好きです。
偏差値39.7という大敗。 しかし、ここが私たちの本当のスタートラインでした。 私たちは、絶対に歩みを止めません。

すべての受験戦士と、その伴伴を続ける誇り高きサポーターたちに、最高の幸あれ!



