【1年の軌跡】父から継ぐ覚悟と、子どもの人生を優先する勇気【番外編】
長く、そして過酷だった娘の中学受験が無事に終わりました。春のやわらかな風の中、真新しい制服に袖を通す娘の背中を見つめていると、私自身の学生時代の記憶が鮮やかに蘇ってきます。
それは、私の人生の最も大きな分岐点であり、今もなお私の生き方の根底に流れる「父との記憶」です。

忘れられない一月の夜。父の涙と温もり
私自身の中学受験も、決して平坦な道のりではありませんでした。小学1年生から進学塾に通い、5年生まではトップクラスでしたが、そこから失速し「ドロップアウト」の状態に陥ってしまったのです。それでもなんとか泥臭く受験に食らいついていた、本番直前の小学6年生の1月のことです。
夜、布団に入り寝ようとしていた私を、少し酒の匂いがする父が突然強く抱きしめました。涙を流しながら、震えるような真っ直ぐな声で父はこう言いました。
「頑張っているお母さんのためにも、そして、お前自身のためにも……合格してくれ」
私なら絶対に合格できると、誰よりも信じてくれた父の腕は、とても暖かく力強いものでした。(結果的に第一志望には届きませんでしたが、別の学校から合格をもらうことができました)

国公立クラスの重圧と、見つけた「別の道」
進学した中高一貫の男子校で、私は高2から理系の「国公立クラス」に入りました。推薦など眼中にないと言わんばかりの容赦ない難問と、全国の猛者たちと競い合うプレッシャーの中、私は都内の国公立大学医学部へ進学することを微塵も疑っていませんでした。

しかし、受験の天王山と呼ばれる高3の夏。疲労の極致の中、廊下の掲示板にひっそりと貼り出された「私立大学医学部の指定校推薦」の案内に目を奪われました。本来タブーとされるその枠が、不思議な巡り合わせで、その年は誰にも使われずに空いていたのです。

焦燥感の正体――「1日でも早く医者になる」
なぜ固く国公立を志望していた私が、私大の推薦に心を揺さぶられたのか。それには、開業医だった父の存在が深く絡みついていました。
父は30代で大病を患い、その後も幾度となく救急車で運ばれる生活を送っていました。小学3、4年生の頃、急性膵炎で倒れた父がICUに運ばれた時の恐怖は今も忘れられません。「お父さんは死んでしまうかもしれない」――いつ消えてもおかしくない儚い背中を見て育った私には、一つの強迫観念が根付いていました。
「1年でも早く医学部に入り、医者にならなければいけない」

国公立の権威やステータスよりも、私には「時間」が圧倒的に足りないように感じていたのです。
母の猛反対と、父の凄まじい「覚悟」
私大への推薦枠を使うことに、母は猛反対しました。莫大な学費の負担に加え、国公立医学部というステータスを手放すことへの惜しさ、「今度こそは」という母の願いも痛いほどわかりました。

しかし、「どこを出たって医者は医者だ。なってから何をやるかの方が大切だ」という燃えるような信念と、父の命のタイムリミットを前に、私は思いの丈を父に真っ直ぐぶつけました。すると父は、あの夜と同じ確かな力強さで言い切ったのです。

「より確率が高く取れるなら、取ってしまえ。それにかかる費用は、俺が元気なうちは払ってやる」
電流が走ったように心が震え、底抜けにかっこいいと思いました。自分の命がいつまで持つかわからない中、自分の身を粉にしてでも息子の人生の最短距離を買う。それが父の凄まじい「覚悟」でした。

あの日の選択、そして今、親として思うこと
その後、私は指定校推薦で無事に合格を掴み取りました。十数年後、大学の勤務医を経て、いよいよ父の体調が悪化するタイミングで実家近くの病院へ就職し、父が亡くなった後は跡を継ぎました。
あの時、国公立に落ちて浪人していたら、父が元気なうちに医者としての姿を見せられなかったかもしれません。だからこそ、あの選択は正解だったと確信していますし、背中を押してくれた父には感謝してもしきれません。
自分が親になり、世間体やステータスといった「体裁」を気にしてしまう瞬間もあります。しかし、私は決して忘れません。どんな状況でも子どもにとってベストだと思える選択を一緒に探し、世間の体裁など気にせず、子どもの人生そのものを一番に考えて背中を押す。亡き父がしてくれたように、私も愛する娘にとってそんな親でありたいと心から思っています。

🌸 受験生の保護者の皆様へ
長く、時に心が折れそうになる受験の道のり、本当にお疲れ様です。子どもを深く想うからこそ、親御さん自身もプレッシャーや焦りを感じ、眠れない夜を過ごされることも多いのではないでしょうか。
しかし、子どもにとって何よりの力になるのは、どんな時も自分を信じ、ありのままを受け止めてくれる親の温もりです。成績や世間の目といった「体裁」を一旦脇に置き、目の前にいるお子さんの「これからの人生」を一緒に見つめてあげてください。
言葉が不器用でも構いません。ただ力強く抱きしめ、覚悟を持って「味方だよ」と背中を押すだけで、その記憶はお子さんにとって一生の宝物になります。皆様とお子さんのこれからに、素晴らしい春が訪れることを心より応援しております。




