6年生 2月
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中学受験の1週間:喜びと涙の軌跡

erimakitopapa
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まさに人生ドラマの1週間

この1週間は泣いたり笑ったりの濃厚な1週間だった。人生ドラマという言葉がまさに的確だと思う。普段はテレビや小説でしか見れないストーリー。その中の登場人物の一人だった。

全力を積み重ねたものだけが得ることのできる、喜びと悲しみ、悔しさの涙。涙。涙。
そして素晴らしい笑顔。

この1週間を味わうために、ここまで頑張ってきたと思える。そんな1週間。

enaをやめて、私学受験に切り替えるために四谷大塚の入塾テストを受けた。

四谷大塚に入ろう
四谷大塚入塾テスト完全ガイド
四谷大塚入塾テスト完全ガイド

毎週、週テストのために準備して、週テストが終われば復習なびからの見直し。夏休みは夏期講習で単元見直し、秋からは過去問解いて、見直し作って、冬は弱点補強と最終見直し。そして年明けて1月から前受校、2月の本番WEEKと駆け抜けてきた。まさに駆け足で駆け抜けてきた。

ここで受験期間を思い起こしてみよう。もう、このストーリも終盤である。というか既にあとがきなのかもしれない。

まずは前受校の受験遠征

朝は早くから受験に向かい、待機時間で近隣のカフェを散策。学校の最寄りの駅周辺に詳しくなった。こんなことでもなければ、こなかったかもしれない。色々と勉強になった。そして、試験が終わったら娘を迎えに行く。迎えにくときの気持ち。どうだったかな、試験頑張れたかな。どんな顔で出てくるのかな。なんともいえない思いだった。

埼玉に遠征した時も

埼玉遠征 淑徳与野
淑徳与野 埼玉遠征
淑徳与野 埼玉遠征


千葉に遠征した時も、しかも初の2連戦だった。

千葉遠征 和洋国府台
和洋国府台女子 千葉遠征1日目
和洋国府台女子 千葉遠征1日目
千葉遠征 国府台女子
国府台女子学院 千葉遠征2日目
国府台女子学院 千葉遠征2日目

今でも朝の冷たい空気、試験独特の張り詰めた感じを覚えている。ビジネスホテルで食べる朝食。周りも同じような受験生と親の組み合わせ。みんなさまざまな表情で過ごしていた。娘はあまり緊張らしい緊張はしていないように見えたけど、それでも平常心なわけはないと思う。自分の中学受験の時は2月1日が雪で、歩道橋で滑ったのを覚えている。ん?滑っても合格でしたけど。

そして結果発表。埼玉で初めての試験。そして初めての不合格。
娘の心が折れるんじゃないかと心配した。でも、不合格で良かったと思った。ここでスイッチが入ってくれと願った。事実、ここからの成長は目を見張るものがあった。親としても当然だが、子供がこんなに成長するのかという驚きすらあった。

次に千葉のホテルで見た、合格発表。妻からのメール、初めての合格。安心した。本当に安心した。和洋国府台は受かるだろうと思っていたが、それでも試験は何が起きるかわからない。合格を見た時のなんともいえない安堵感を覚えている。国府台の合格は次を期待させてくれた。この勢いで2月も合格してくれると思えた。そして、ここまでやってきたことが決して間違いではなく、今の実力で十分に合格に届くことを娘にも伝えられた。

前受校受験は本当に予定通り、完璧なストーリーだった。
そして次の本番WEEKにつながっていく。

そしていよいよ本番WEEK

2月1日は午後も受けたので、試験終わりが遅くなった。待っている間に山登りもした。午後の試験の間に講堂で見た富士山と夕焼け。グランドに浮かぶ満月。素晴らしいロケーションだと思った。こんな学校に通えたらいいなと思った。通学がちょっとかかるかもしれないが、私的にはお気に入りの学校だった。

2月1日のお話
カリタス女子 1回目 午前・午後 2月1日
カリタス女子 1回目 午前・午後 2月1日



2日目は目標としていたチャレンジ校、ずっと模試ではE判定20%以下だった。でも、私は知っている。汎用型の模試では測れない、娘の実力を。この日のために過去問バリバリ解いて、特化型に仕上げた娘の実力なら五分五分の勝負ができると思っていた。でも、B日程はしんどくなるから、決めるならここで決めてくれと祈っていた。

ついに来た 東洋英和
東洋英和女学院 A日程 2月2日
東洋英和女学院 A日程 2月2日

リベンジマッチの3日目。前日の問題がやや苦手範囲だったから、今日は得意なところが出るはず。娘の気力も落ちていない。まだ戦える、まだ舞える。泣いても笑っても、ここの入試は今日が最後だ。思いっきりぶつかってこいと送り出した。願わくば決めてこいと。

リベンジするぞ
東洋英和女学院 B日程 2月3日
東洋英和女学院 B日程 2月3日

そして最終日、もう1日の学校でもいいかなと思っていたが、妻が受けようと言ってくれた。娘も受けると言った。気力はまだ十分だった。そうだな、ここまでが予定だ。最後までしっかり戦おう。本当に最後の試験だ。この朝の感じも、待ち時間の感じも、そして結果を見るこの瞬間も、これで最後だ。我が家の最後の中学入試だ

ラストの中学受験
田園調布学園 3回目 2月4日
田園調布学園 3回目 2月4日


緊張や疲れで夜もあまり休めず、終わってから疲れがどっと押し寄せてくる。

でも、とりあえずひと段落。この物語も一度終了だ。

やりきったかい?

某アニメでライブハウスのオーナーがバンドメンバーに尋ねる言葉だ。

今、私の頭にはその言葉が響いている。

どれだけ全力を尽くしても、尽くし切ることはできない。
やり切るなんてことはできない。常に後悔が残る。
もっとやれることがあったんじゃないか?あーしていれば。
こーしていれば。。。。

もっと・・もっと・・・

人間は神ではない。全知全能でなければ完璧でもない。

だからこそ、私はこう答えたい。

やりきった やりきってやった と 

ここまでやってきた全てが、私の全力であり完璧ではないかもしれないが100%である。
したがって、やりきったのだ。

一旦、心と身体を落ち着かせよう

この1年間、娘も親も必死に頑張って、積み重ねて走り抜けてきた中学受験。

1番の成果は子供の成長だと思う。

ほんとに1年で見違えるほど、学力だけでなく色々な面で成長した。

ここに全てのご縁に感謝し、1年の軌跡を残していきたい。

同じく若くして闘いの場に向かう勇者や保護者たちの参考に少しでもなれば幸いである。

次のステージに向かって

とはいえ、ここでおしまいなわけではない。ゴールとおいうわけではないのである。中学受験は終わった。それは確かだが、小学校生活はもう少し続く。そして、卒業したら中学生だ。人生はこれからも続いていく。ひとつの終わりは、ひとつの始まりである。

ここまで頑張って受験勉強してきた。頑張り方をアシスト付きではあるかもしれないが、学んだことだと思う。これからは、自分の力で人生を切り開いていくのだ。

JRの新幹線の字幕アナウンスが有名だ。

この卒業は次の列車に乗るためのきっぷです。自分で選んだ行き先を信じて、自分のペースで進んでください。

JR九州 博多駅駅員一同

さて、君が手にしたきっぷはどこにいくのだろうか。

中学受験のサポーターはこれでおしまいだ。これからはただの君のサポーターだ。中学受験の時の貴方はよく頑張った。そして結果を出した。今度はどんな目標を見つけるのか、私は楽しみだ。私がサポートできることなどたかが知れているかも知れない。だけど応援だって立派なサポーターの役割だ。私たちは応援し続けよう。君が進み続ける限り。

あとがき

2月第1週のテンションでここまで書き切ってしまった。本当に疲れているのに、疲れを感じないとかテンションがおかしい。それほどまでに、この1週間は心が動きまくった。緊張やら安堵やら不安やら悲しみやら喜びやら、色々な感情が大きな波で押し寄せて休む暇もないくらいだった。しばらくは受験ハイが残るだろう。

私の中学受験

にしても、1年とはいえ長かった。4年生からやっていたら、こちらの身が持たない気もする。ふと考えてみると、私の親は1年生から塾に通わせていた。すごい強メンタルだ。途中5年生で15クラスくらい落ちて、志望校も御三家から下げた。結果、合格はしたが、一体どんな気持ちでサポートしていたのだろうか。想像もつかない。しかも、まだ中学受験がここまで加熱していない時代だったし、ネットなんてものもなかった時代だ。情報だって少なかっただろう。両親とも中学受験経験者ではないから、初めての体験だらけだったろう。

数年前に母親が、私に勉強ばかりやらせて反省していると後悔していたことを話していた。医者にするために必死だったのは、私も覚えている。確かに、勉強づくしの小学生時代だった。後悔がなかったわけでもない。それでも、今回娘の中学受験に際して、完全併走できたのは、あの時勉強づくしにさせてくれたおかげだ。

正直、4科目全て教えることができるとは私も思わなかった。算数や理科は得意範囲なので、教えられると思っていた。ただ国語や社会はどう教えていいかわからなかった。しかし、夏休みごろに国語の底上げが必要だと感じた時に必死に勉強した。中学受験国語をだ。そして習得した。習得できたのも、あの勉強づくしの小学生時代があったからだろう。ここまで、完全併走できる親も少ないと思う。自分で解けても、人に教えるためにはもう一段階上に行かないと難しい。事実、最終的な私の実力は、過去問で7割から8割くらいは取れるようになっていたほどだ。

親に連絡。娘からすると祖母になる

そして、今回受験がひと段落した際に親に連絡した。それまでは、途中経過で連絡するのもどうかなと思って連絡していなかった。受験するということは伝えてあったし、そのために盆暮正月と帰れないことも伝えた。流石に母親は中学受験を一度私で経験している、なんなら兄弟合わせて2回だ。御三家合格も経験している母親だ。気を遣って向こうからは連絡してこなかった。心配しているのは私もわかっている。どんなに確率が高くても試験はわからない。その事も母親は知っている。

なのでこのタイミング、全部が終わったところで連絡した。合格したよと。とても喜んでいた。そして安堵していた。なんならほっとしたほうが強かったのかも知れない。そして、あの時の勉強づくしの小学生時代のおかげで、娘の中学受験の勉強を見ることができたよと感謝を伝えた。実際、本心だった。中学受験で塾とか家庭教師とか、周りが悩んでいるところを私がカバーできた。

チートキャラ

今回の受験勉強で私はチートキャラだったと思う。周りを見てもここまでやっている親は見たことがない。そして、このチートキャラを作り出したのは親だ。実にありがたかった。娘の大切な選択の場面で役に立つことができたのだから。親に感謝というのは何歳になっても照れくさいものだが、今回は本当に感謝だ。

母親はなんともいえない顔をしていたが、どんな気持ちだったのだろうか。逆に照れ臭く感じるものなのか、それとも後悔の念が少し和らいだのだろうか。私にはわからない。父親はもういないが、生きていたら喜んでくれたであろう。孫の合格を喜ぶ気持ち以外に子供に思うところがあるのだろうか。この時の親の気持ちがいずれわかる時が来るのだろうか。娘があの時、家族総力戦で中学受験に挑んだことを思い返して感想を伝えてくれる時がいずれ来るのだろうか。

私はその時までサポーターであり続けたい。そして、その時の気持ちも記録に残したいと思う。

全ての受験戦士たちに幸あれ

続・あとがき

次の動画はこちら
東洋英和の繰上げ合格
東洋英和の繰上げ合格

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自己紹介
とぱぷー
とぱぷー
受験サポーター 医師
中学受験経験者 医師 得意科目:算数
中学受験を1年間併走し、結果は受験校6校中5校を合格。
合格率約85%の受験サポーターとして、受験の記録およびノウハウを発信している。
名前の由来は旅行用ネックピローと某ランドのキャラ帽子による。
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