1年の軌跡
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中学受験の1週間:喜びと涙の軌跡

erimakitopapa
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まさに人生ドラマの1週間

この1週間は泣いたり笑ったりの濃厚な1週間だった。人生ドラマという言葉がまさに的確だと思う。普段はテレビや小説でしか見れないストーリー。その中の登場人物の一人だった。

全力を積み重ねたものだけが得ることのできる、喜びと悲しみ、悔しさの涙。涙。涙。
そして素晴らしい笑顔

この1週間を味わうために、ここまで頑張ってきたと思える。そんな1週間。

enaをやめて、私学受験に切り替えるために四谷大塚の入塾テストを受けた。

四谷大塚に入ろう
四谷大塚入塾テスト さて予シリの民に
四谷大塚入塾テスト さて予シリの民に

毎週、週テストのために準備して、週テストが終われば復習なびからの見直し。夏休みまでは、全体の見渡しと苦手範囲の炙り出し。ただ1週間は週テストのために使われるので、予習復習で精一杯だった。

夏前の学習ルーティン
【四谷大塚】小6 4〜6月 1週間の学習ルーティン
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それでも、夏休みまでまでには弱点の大まかな炙り出しを終えて、夏休みにやるべきことをリストアップしていった。

夏間にやるべきこと
【中学受験】6年生の夏は「基礎固め」が命!夏前に親子で準備したい必勝メソッド
【中学受験】6年生の夏は「基礎固め」が命!夏前に親子で準備したい必勝メソッド

夏休みは夏期講習で単元見直し、秋からは過去問解いて、見直し作って、冬は弱点補強と最終見直し。そして年明けて1月から前受校、2月の本番WEEKと駆け抜けてきた。まさに駆け足で駆け抜けてきた。(ここは記事が出来次第増えていきます。)

ここで受験期間を思い起こしてみよう。もう、このストーリも終盤である。というか既にあとがきなのかもしれない。まぁあとがきは別に書くのだけれども、そういう話ではなく、だ。

まずは前受校の受験遠征

朝は早くから受験に向かい、待機時間で近隣のカフェを散策。学校の最寄りの駅周辺に詳しくなった。こんなことでもなければ、立ち寄ることはなかったかもしれない。色々と勉強になった。そして、試験が終わったら娘を迎えに行く。迎えにくときの気持ち。どうだったかな、試験頑張れたかな。どんな顔で出てくるのかな。なんともいえない思いだった。

埼玉に遠征した時。初めての本番。私はついていってあげられなかったけど、妻が付き添ってくれて前泊からの初本番入試。大きな会場で、人も大勢いる環境で実力を出せるのか。

埼玉遠征 淑徳与野
淑徳与野 埼玉遠征
淑徳与野 埼玉遠征


千葉に遠征した時。初の2連戦だった。偏差値レベルで異なる2校であり、本来はどちらかだけ受けることが多いと思うが、私は予行練習は多い方が良いと思った。初日は妻と娘で入試会場へ行ってもらい、夕方から私も参戦。一泊して、連戦してきた。私にとっての初めての入試付き添いであり、感慨深いものがある。今でもあの時のことは思い出せる。

千葉遠征 和洋国府台
和洋国府台女子 千葉遠征1日目
和洋国府台女子 千葉遠征1日目
千葉遠征 国府台女子
国府台女子学院 千葉遠征2日目
国府台女子学院 千葉遠征2日目

今でも朝の冷たい空気試験独特の張り詰めた感じを覚えている。ビジネスホテルで食べる朝食。周りも同じような受験生と親の組み合わせ。みんなさまざまな表情で過ごしていた。娘はあまり緊張らしい緊張はしていないように見えたけど、それでも平常心なわけはないと思う。

自分の中学受験の時は2月1日が雪で、歩道橋で滑ったのを覚えている。あまりに漫画っぽすぎて今でも笑える。ん?滑っても合格でしたけど。

そして結果発表。埼玉で初めての試験。そして初めての不合格
娘の心が折れるんじゃないかと心配した。でも、不合格で良かったと思った。下手に合格して油断するよりも不合格になることで、スイッチが入ってくれと願った。事実、ここからの成長は目を見張るものがあった。子供がこんなに成長するのかという驚きすらあった。

次に千葉のホテルで見た、合格発表。妻からのメール、初めての合格。安心した。本当に安心した。和洋国府台は受かるだろうと思っていたが、それでも試験は何が起きるかわからない。合格を見た時のなんともいえない安堵感を覚えている。国府台の合格は次を期待させてくれた。この勢いで2月も合格してくれると思えた。そして、ここまでやってきたことが決して間違いではなく、今の実力で十分に合格に届くことを娘にも伝えられた。

前受校受験は本当に予定通り、完璧なストーリーだった。
そして次の本番WEEKにつながっていく。

そしていよいよ本番WEEK

2月1日はカリタス女子。午前と午後も受けたので、試験終わりが遅くなった。正門で校長先生が挨拶しているのが特徴的だった。待っている間に山登りもした。午後の試験の間に講堂で見た富士山と夕焼け。グランドに浮かぶ満月。空がとても広い。素晴らしいロケーションだと思った。こんな学校に通えたらいいなと思った。通学がちょっとかかるかもしれないが、私的にはお気に入りの学校だった。

カリタス女子 午前午後
カリタス女子 1回目 午前・午後 2月1日
カリタス女子 1回目 午前・午後 2月1日



2日目は目標としていたチャレンジ校、ずっと模試ではE判定20%以下だった。でも、私は知っている。汎用型の模試では測れない、娘の実力を。この日のために過去問バリバリ解いて、特化型に仕上げた娘の実力なら五分五分の勝負ができると思っていた。でも、B日程は倍率も上がるし、周りのレベルも上がってしんどくなるから、決めるならここで決めてくれと祈っていた。

ついに来た 東洋英和
東洋英和女学院 A日程 2月2日
東洋英和女学院 A日程 2月2日

リベンジマッチの3日目。前日の問題がやや苦手範囲だったから、今日は得意なところが出るはず。娘の気力も落ちていない。まだ戦える、まだ舞える。泣いても笑っても、ここの入試は今日が最後だ。思いっきりぶつかってこいと送り出した。願わくば決めてこいと。

リベンジするぞ
東洋英和女学院 B日程 2月3日
東洋英和女学院 B日程 2月3日

そして最終日、もうカリタス女子でいいんじゃないかと思っていたが、妻が出願しているのだから田園調布学園も受けようと言ってくれた。娘も受けると言った。気力はまだ十分だった。そうだな、ここまでが予定だ。最後までしっかり戦おう。本当に最後の試験だ。この朝の感じも、待ち時間の感じも、そして結果を見るこの瞬間も、これで最後だ。我が家の最後の中学入試だ

ラストの中学受験
田園調布学園 3回目 2月4日
田園調布学園 3回目 2月4日


緊張や疲れで夜もあまり休めず、終わってから疲れがどっと押し寄せてくる。事実、このあと1ヶ月くらい体調不良が続いた。原因不明とは思わない。医者として診断する。疲労とストレスからくる体調不良だ。ここまで気力で押さえ込んできた反動だろう。

でも、とりあえずひと段落。この物語も一度終了だ。

やりきったかい?

某アニメでライブハウスのオーナーがバンドメンバーに尋ねる言葉だ。

今、私の頭にはその言葉が繰り返し響いている。

どれだけ全力を尽くしても、尽くし切ることはできない。やり切るなんてことはできない。常に後悔が残る。もっとやれることがあったんじゃないか?あーしていれば。こーしていれば。。。。

もっと・・もっと・・・

人間は神ではない。全知全能でなければ完璧でもない。

だからこそ、私はこう答えたい。

やりきった やりきってやった と 

ここまでやってきた全てが、私の全力であり完璧ではないかもしれないが100%である。
これ以上はできない。持てる時間と労力置いてきたつもりだ。

だから、私はやりきったのだ。

一旦、心と身体を落ち着かせよう

この1年間、娘も親も必死に頑張って、積み重ねて走り抜けてきた中学受験。1番の成果は子供の成長だと思う。ほんとに1年で見違えるほど、学力だけでなく色々な面で成長した。

ここに全てのご縁に感謝し、1年の軌跡を残していきたい。

同じく若くして闘いの場に向かう勇者や保護者たちの参考に少しでもなれば幸いである。

次のステージに向かって

とはいえ、ここでおしまいなわけではない。ゴールというわけではないのである。中学受験は終わった。それは確かだが、小学校生活はもう少し続く。そして、卒業したら中学生だ。人生はこれからも続いていく。ひとつの終わりは、ひとつの始まりである。

ここまで頑張って受験勉強してきた。頑張り方をアシスト付きではあるかもしれないが、学んだことだと思う。勉強に限らずやり方は一緒だ。走り方は教えた。これからは、自分の力で人生を切り開いていくのだ。

JRの新幹線の字幕アナウンスが有名だ。

この卒業は次の列車に乗るためのきっぷです。自分で選んだ行き先を信じて、自分のペースで進んでください。

JR九州 博多駅駅員一同

さて、君が手にしたきっぷはどこにいくのだろうか。

中学受験のサポーターはこれでおしまいだ。これからはただの君のサポーターだ。中学受験の時の貴方はよく頑張った。そして結果を出した。今度はどんな目標を見つけるのか、私は楽しみだ。私がサポートできることなどたかが知れているかも知れない。だけど応援だって立派なサポーターの役割だ。私たちは応援し続けよう。君が進み続ける限り。

あとがき

2月第1週のテンションでここまで書き切ってしまった。本当に疲れているのに、疲れを感じないとかテンションがおかしい。それほどまでに、この1週間は心が動きまくった。緊張やら安堵やら不安やら悲しみやら喜びやら、色々な感情が大きな波で押し寄せて休む暇もないくらいだった。しばらくは受験ハイが残るだろう。

私の中学受験

にしても、1年とはいえ長かった。4年生からやっていたら、こちらの身が持たなかった気もする。ふと考えてみると、私の親は1年生から塾に通わせていた。すごい強メンタルだ。途中5年生で15クラスくらい落ちて、志望校も御三家から下げた。結果、合格はしたが、一体どんな気持ちでサポートしていたのだろうか。想像もつかない。しかも、まだ中学受験がここまで加熱していない時代だったし、ネットなんてものもなかった時代だ。情報だって少なかっただろう。両親とも中学受験経験者ではないから、初めての体験だらけだったろう。

数年前に母親が、私に勉強ばかりやらせて反省していると後悔していたことを話していた。医者にするために必死だったのは、私も覚えている。確かに、勉強づくしの小学生時代だった。後悔がなかったわけでもない。それでも、今回娘の中学受験に際して、完全併走できたのは、あの時勉強づくしにさせてくれたおかげだ。

正直、4科目全て教えることができるとは私も思わなかった。算数や理科は得意範囲なので、教えられると思っていた。ただ国語や社会はどう教えていいかわからなかった。しかし、夏休みごろに国語の底上げが必要だと感じた時に必死に勉強した。中学受験国語をだ。そしてある程度習得したと思う。そこまで習得できたのも、あの勉強づくしの小学生時代があったからだろう。ここまで、完全併走できる親も少ないと思う。自分で解けても、人に教えるためにはもう一段階上に行かないと難しい。事実、最終的な私の実力は、難関校レベルの過去問で7割から8割くらいは取れるようになっていたほどだ。

私の親に連絡してみた

そして、今回受験がひと段落した際に親に連絡した。それまでは、途中経過で連絡するのもどうかなと思って連絡していなかった。受験するということは伝えてあったし、そのために盆暮正月と帰れないことも伝えた。流石に母親は中学受験を一度、私で経験している、なんなら兄妹合わせて2回だ。御三家合格も経験している母親だ。気を遣って向こうからは連絡してこなかった。心配しているのは私もわかっている。どんなに確率が高くても試験はわからない。その事も母親は知っている。

なのでこのタイミング、全部が終わったところで連絡した。合格したよと。とても喜んでいた。そして安堵していた。なんならほっとしたほうが強かったのかも知れない。どこの学校とかはあまり聞いてこなかった。無事に私学に行けることを安心していたようだ。どこかに合格していればそれで良いという感じだ。

そして、あの時の勉強づくしの小学生時代のおかげで、娘の中学受験の勉強を見ることができたよと感謝を伝えた。皮肉に聞こえたかもしれない。しかし実際、本心だった。中学受験で塾とか家庭教師とか、どうしたらベストなんだろうと他のご家庭が悩んでいるところを私のパパ塾で大体カバーできた。

チートキャラ

今回の受験勉強で私はチートキャラだったと思う。周りを見てもここまでやっている親は見たことがない。そして、このチートキャラを作り出したのは親だ。実にありがたかった。娘の大切な選択の場面で役に立つことができたのだから。親に感謝というのは何歳になっても照れくさいものだが、今回は本当に感謝だ。

母親はなんともいえない顔をしていたが、どんな気持ちだったのだろうか。逆に照れ臭く感じるものなのか、それとも後悔の念が少し和らいだのだろうか。私にはわからない。父親はもういないが、生きていたら喜んでくれたであろう。孫の合格を喜ぶ気持ち以外に子供に思うところがあるのだろうか。この時の親の気持ちがいずれわかる時が来るのだろうか。娘があの時、家族総力戦で中学受験に挑んだことを思い返して感想を伝えてくれる時がいずれ来るのだろうか。

私はその時までサポーターであり続けたい。そして、その時の気持ちも記録に残したいと思う。

全ての受験戦士たちに幸あれ

続・あとがき

さて続あとなんですが、何書くか。これ書いているのはGWの前の日。今年は水曜日が祝日になっていて、水曜日が定休日の私は少し損した気分。しかも2連続。でも、明日からGW8日間休みではある。諸々あり、間をつなげることにした。自営業の基本は長く続けるだ。年越しそばと同じだ。太く短くではない。とりあえず長くなのだ。

GWといえば、昨年は四谷大塚に入塾して何回か週テスト受けたあとくらいになる。1週間週テストが開くのだが、GW特訓というものが数日あって娘も通っていた。この時のテキストが見つからないので、何やっていたのか不明ではあるが、確か総復習的なものをやっていた気がする。朝から夕方まで勉強づくしだったのはカレンダーの記録に残っている。

イマイチ記憶に残っていないのは、入試直前期の12月から1月にかけてやるものがなくなるというわけではないが、何をやればいいのか悩んでいた時期に夏期講習や冬季講習の教材はよく使っていたのだが、GWの教材を使っていなかったからだろう。

そのくらいに夏期講習や冬季講習の教材はよくできていた。冬季講習なんて塾には行かなかったが、教材は家でやっていた。家でやる方が効率が良かったからだ。それは集団よりはマンツーの方が効率がいいに決まっている。しかし。使っていたのは四谷大塚の教材だ。

社会も公民が終わると、今までの総復習的な週テストの範囲になる。理科もだ。いよいよ全範囲を見据えたテストや模試が多くなってくる。本番への対策も始まってくるだろう。テストを受ければ結果が出る。一喜一憂をするなというのは難しいのはよくわかっている。でも、そこで止まらなければいいだけの話だ。まだ本番ではない。次に向けて対策を練り直すだけのことである。みたいな記事をこの前書いた。

模試の結果の対処法
模試結果を活かす!子供と向き合う正しいアプローチ
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私は結果はどうあれ、最後まで食らいついたものが勝つと思っている。結果がダメなら意味がないという気持ちもわかる。当然結果は欲しい。しかし。最後まで入ることができた経験は必ずどこかで勝利をもたらすと思っている。昔、TVで林先生(今でしょの人)が中途半端に勉強して受かって今った人間が一番不幸だと言っていた。僕もそう思う。受験がゴールではない。中途半端にやって落ちても、やはりしっかりやらないとダメなんだと気づきを得ることができるし、がむしゃらにやって不合格だったとしても、その努力は次に活かせる。

残念なことに中学受験に次はない。だから一つでも合格を勝ち取ってほしい。そのためには戦略が必要だ。全落ちになる生徒の特徴として多いのは、受験校の選定のミスマッチだという話もある。通いたくない学校を受ける必要はないが、幅広く準備しておくことは重要だと思っている。

夏前の時期はまだ見えないことも多い。だからこそ、今やらないといけないことをしっかりとやっていくことが重要だ。という記事も書いた。

夏前までに
【中学受験】6年生の夏は「基礎固め」が命!夏前に親子で準備したい必勝メソッド
【中学受験】6年生の夏は「基礎固め」が命!夏前に親子で準備したい必勝メソッド

続あとに入って記事紹介になっているが、なんとか合格を勝ち取って欲しいという思いがあり記事を書いている。所詮、n=1の症例報告にすぎないが、何かの参考になることはある。逆にビックデータが全く参考にならないことだってあるのだから。

そして、最後にもう一つ記事がある。これが1年の奇跡シリーズの最後の記事だ。後日談でもあるし大団円なのかもしれない。有料記事にしてあるのはちょっとした身バレ予防と私の興味である。ここまで物語風に書いてきたこのシリーズだが、読むにアタイしただろうか。中学受験を経験した方なら共感できることもあるかなと思って書いてきたこのシリーズ。最後くらい少し課金してやろうという物好きがどのくらいいるのか知りたいという私の興味である。

ありがたいことに5月の段階でそこそこ購入していただいている。最終話楽しんでいただけたら幸いである。ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございます。私はこれからも様々なジャンルで文章を書いていくことでしょう。また、どこかで出会うことがあるかもしれません。違う名前、違う場所で。ただこの文体はそこまで変わるものではないでしょう。もしかして、これ書いているのはあいつでは?と思っていただけると物書き冥利に尽きます。それでは最終話はありますが、一旦ここで物語は終わり。筆を置くことにしましょう。

全ての受験戦士たちに幸あれ。そして、戦い抜いた勇者たちにお疲れ様。
全ての方に良き縁を。

ここから先は、あなたの物語。どうか良き旅を

最後の記事(有料記事)
東洋英和の繰上げ合格
東洋英和の繰上げ合格

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とぱぷー
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中学受験経験者 医師 得意科目:算数
中学受験を1年間併走し、結果は受験校6校中5校を合格。
合格率約85%の受験サポーターとして、受験の記録およびノウハウを発信している。
名前の由来は旅行用ネックピローと某ランドのキャラ帽子による。
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